大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1783号 判決 1987年8月31日

控訴人 乙山信用金庫

右代表者代表理事 大崎林三

右訴訟代理人弁護士 足立博

宮本光雄

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 大塚武一

茂木敦

下田範幸

飯野春正

田見高秀

樋口和彦

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審における主張及び証拠につき次の1、2を付加するほか、原判決摘示事実のとおりであるから、これを引用する。

1  当審における主張

控訴代理人は「組合預金の残高確認は仮処分申請をする上で必要なものではないが、たとえこれが必要であったとしても、被控訴人は組合の会計丁原二郎に対しその確認を求めるか、控訴人に対し直接確認申請しさえすればよいことであって、端末機を不正操作する必要はなかった。しかるに被控訴人は、控訴人の職員としてあるまじき非違行為であることを承知した上、戊田と共謀し端末機を不正操作したものである。」と述べ、被控訴代理人は「控訴人の右主張は争う。組合預金の残高確認をしたのは、仮処分申請をするのに預金債権を特定する必要があると考えたからであり、もし丁原や控訴人に残高確認の請求をすれば控訴人及びいわゆる新執行部において何らかの方法で仮処分申請を妨害することが明らかであって、被控訴人の採った方法は是認されるべきである。」と述べた。

2  当審における新たな証拠《省略》

理由

一  引用に係る原判決事実摘示中の請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人が被控訴人に対し本件停職処分をするに至った経緯に関する事実認定は、次の1ないし4のように改めるほか、原判決七丁目表七行目から一三丁裏一〇行目までと同一であるから、これを引用する。

1  《証拠関係省略》

2  九丁目裏一〇行目「確認する必要が生じた」を「確認する必要があると考えた」に改める。

3  九丁裏末行から一二丁表七行までを、「4 しかしながら原告は、被告が原告ら旧執行部を正規の組合役員と認めていないから原告が組合の代表者として被告に組合預金の残高証明を求めても応じないし、さりとて組合の会計丁原二郎は新執行部支持者であり原告から預金高の開示を求めても応じないで逆に原告の意図を察知して妨害行為に出るおそれがあると考え、更には被告においては昭和五五年から電子計算機のオンラインシステムによる預金等の集中管理が実施され、オンライン端末機は担当職員のみがこれを操作し他の者にオペレターキーを貸与したりしてはならないとの事務取扱要領が定められたりしていたことから、正規の手続を踏んでは組合の預金高を確認できないものと判断し、昭和五九年七月二三日、旧執行部支持者らと相談した上不正の行為であることを知りながら、当時本店から北支店に転勤して来て間がなく残務処理のため本店に出入りしていた同僚の戊田三郎に対し組合預金の通帳番号等を教え、ひそかに本店の端末機を操作して組合預金の残高確認を取ることを依頼した。これを受けて戊田は、同月二五日午前一一時ころ本店営業部へ赴いた際、普通預金係が保管している顧客照会カード用紙を盗み取り、貸付係甲田四郎がオペレターキーを装着したまま離席した隙に同人管理の端末機を無断で操作して組合預金の残高を確認し、同日午後零時三〇分ころ北支店食堂において残高の記入されたカードを原告に手渡した。」に改める。

4  一二丁表末行「昭和六〇年」を「同年」に改める。

《証拠省略》は、いずれも以上の認定に抵触するものではない。

三  本件停職処分の当否について判断する。

1  被控訴人の本件行為は、前記認定のとおり同人の所属する組合の預金高を知るため正当な手続を踏まず本店営業部の内情に詳しい戊田を使って普通預金係が保管している顧客照会カード用紙を盗ませ貸付係甲田が席を外した隙に同人管理の端末機を無断で使用させ組合預金の残高を確認したものであって、その行為は、控訴人就業規則第四八条第一号「法令、定款その他この金庫の諸規定に違反したとき。」及び第四号「金融機関の奉仕者たるにふさわしくない非行のあったとき。」に該当する(しかし被控訴人が不正の手段によって知ろうとした事項は、被控訴人の属する組合の預金高であり組合員として当然知る権利のある事項であるから被控訴人がこれを知っても業務上又は取引先の秘密を他に漏らしたということに当たらず、したがって同条第二号には該当しない。)。

2  そこで被控訴人の非行の程度について考えるに、《証拠省略》によると、被控訴人の定める前示オンライン事務取扱要領には、オペレターキーは各オペレターが管理し店長が保管する、店長は営業日の作業開始前に各オペレターに対し定められたキーを渡し作業終了後回収する、オペレターキー及び役席キーは他人に貸してはならない、など端末機を使用管理する上での種々の注意事項を規定しているが、《証拠省略》によると、巷間でオンライン利用の犯罪が多発する折柄、控訴人においても職員の間で端末機が必ずしも右事務取扱要領に従って運用管理されていない実情にあったので、控訴人は、昭和五九年六月八日改めて「オンライン端末機操作用の役席カード、オペレターキーの運用及び管理について」と題する文書を各店長宛に交付し、説明会を開くなどして前記事務取扱要領に基づく端末機の扱いを周知徹底させるべく努力していたことが認められる。したがって控訴人の職員としては前記事務取扱要領に従い端末機の取扱いを厳格にし端末機の不正使用等のないよう心掛け、もって金融機関としての対社会的信用の保持に務めなければならない義務を負うものというべきところ、被控訴人は、あえて組合の担当者に預金高の開示を求めるなどの手段を踏まず就業時間中に顧客照会カード用紙を盗ませ管理者が席を離れた隙に端末機を不正操作させた行為は前叙の義務に違反する著しい非行といわざるを得ない。そしてその行為も、組合預金の残高を知るためとはいうものの、組合内部の紛争に絡み多数派となった新執行部派の旅行計画を挫折させるための資料獲得を目的としたものであって、新執行部派に打撃を与え自派を優位にしようとの私益のための手段にすぎなかったのであるからたとえ旅行の時期が迫り緊急性があったとしても、右行為の違法性が阻却されるいわれはない。

3  また、被控訴人の本件行為により控訴人は財産的損害を被ってはいないけれども、端末機の取扱いを厳格にするよう指導を強化した矢先に職員により私的な目的のため端末機が不正に操作されたことは控訴人に少なからざる衝撃を与えたものというべきであって(この事実は《証拠省略》から認めることができる。)対社会的信用を重んずる金融機関としては財産的損害に勝るとも劣らない被害を受けたものといっても過言ではない。

4  しかして《証拠省略》によれば、控訴人の就業規則には懲戒処分として、懲戒解雇、停職、減給及び戒告の四種が定められているが、被控訴人の以上に見た非行の態様からすれば、停職六〇日は必ずしも重きに失するとはいえず、《証拠省略》によると、本件に関して端末機の管理責任者本店営業部長乙田五郎及び当該端末機の管理者主事補甲田四郎は昭和五九年一一月一九日戒告処分を受けたことが認められる(なお、端末機の不正使用実行者戊田三郎は同年一二月一九日懲戒解雇の内示を受けたが、任意退職の申出を受理する形で昭和六〇年一月五日退職したことは前示引用に係る原判決一三丁裏初行から四行目までのとおりである。)こととも対比すると、控訴人が被控訴人に対してした停職六〇日の懲戒処分は、懲戒権者としての自由載量権の範囲を逸脱し甚しく均衡を失し社会通念上合理性を欠くものということはできない。

本件懲戒処分は懲戒権の濫用に当たらず、また公序良俗にも反しない。

被控訴人の請求は理由がない。

四  よって、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条及び第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 伊藤剛)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例